さすがにアヒージョ

最愛の人が何人もいるタイプ

行き帰り記

今週は「頭を使わないこと」に疲れる日々だった。単調さに「つまらない」という本心をそのままぶつけてしまうと、余計疲れる。ここはおもしろがろうとせずに淡々とやり過ごすのが吉だろう。そう考えてなんとか終えた。昼間に使われなかった分、私の脳はなんてことない行き帰りの道すがらよく稼働した。

 

 「ジングルベル!ジングルベル!すーずがっなるー!」そう大声で歌っている女の子。ベビーカーからあふれ出さんばかりだ。元気に季節外れ。たった一か月前なのにクリスマスはもう遠く、隔世の念すら湧く。粛々と保育園に彼女を運ぶお母さん。

 

 お昼休みにせっせと歩いていると前から俳優夫婦が歩いてきた。ノーマスクだからすぐに顔がわかった。何か言う夫に妻が「いやいやいや」と突っ込んでいた。仲睦まじいようだ。牛丼屋に着いてからすぐに友達にLINEで報告した。卓に運ばれてからもしばらく牛丼をほったらかして返信に明け暮れた。それくらい私はミーハーな小市民だ。

 

 終業。会社を出てしばらく歩くと繁華街の片鱗が見える一角にさしかかる。「今ひとり人妻にがんばってもらってるからさ~!」とうれしそうに電話している男。

 帰りの電車は猫バス。あとは乗ってさえいれば黙っていても家まで送り届けてくれる。それくらい油断して乗っている。向かいに座っていた夫婦は濃い眉と、みしっとよく詰まった体形がそっくり。やっぱり似た者通しで連れ添うのかしらん、と思っていたら女の人が先に降りた。失敬、他人でしたね。

 それはそうと、なんとなく湿布の匂いがする。両隣のどちらかが湿布を貼っていると確信した。この匂い、今はもうなくなった父方の祖母の家を思い出す。壁に直接マジックで書かれた誰かの電話番号、トイレに置いてあった造花、とげとげした踏み心地の玄関マット、黄ばんだ冷蔵庫、明かりの消されたおばあちゃんの部屋からは一日中ラジオのこもった音が聞こえた。左にいた男が次の駅で降りてからも湿布臭は続いた。右のあなたでしたか。

 

駅から出て細い裏道から表通りに合流すると、男が今まさにランニングに挫折した瞬間に出くわした。ぜえはあ苦しそうに歩いていく。お疲れ。対岸にいる男の子はやり投げの選手の助走みたいなステップで一歩ずつ跳ねている。熱心な何らかのフォーム練習。一歩、二歩、三歩、四歩、五歩とまで続き、もはや大股で走っている彼。後ろからお父さんと思しき人が彼のもとへ走ってきてホッとしたところで家に着いた。今週もお疲れ様。