エアコンからきゅり、きゅり、とささやかながら不穏な音がする。どうしよコオロギとか出てきたら。体内が春の陽気だ。なんとなく心地よくてぬるくて、いつまでも身を浸らせていたいような。一歩外を出てしまえば途端に焼き尽くされてしまうだろうが。夢に小…

坂を駆け抜けていく自転車。ワンピースがミシュランマンみたいに膨れ上がっていた。「だからさ、人間の手で間引いて間引いて長ーく手をかけた養殖がうまいよ」「いや、俺は身がプリプリに詰まった天然が好きだな」どうやら牡蠣の話をしている後ろの三人組。…

朝、家を出たらすずめが死んでいた。元気にズンズン歩き出した三歩目ほどのことだ。「うわっ」と声が出た。道半ばで死を迎えた動物を目撃するのは今年二度目だ。三度目がないことを祈る。最近はいよいよコロナの状況ものっぴきならないので、エレベーターの…

帰宅時わたしはTWICEである。盛り上がるサビ何回も聞いた歌声に渾然一体となる私。炸裂する決めポーズ Yes or Yes！！ほどなくして後ろのおっさんに先を抜かれた。そうかここはただの帰り道か。ともかく。そろそろ私もTWICEになりたい。憧れの「なりたいTWIC…

その夜、無数の欲望が乱暴に目を覚まされた。彼らは怒り狂っていた。これまで俺に見向きもしなかった過去の者たちへ。自分を見ようとしない者たちへ。そして高らかに笑った。思う存分に。見えていないなら見せつけるのみ。才能で鮮やかに世界をいたぶる。あ…

暑かった。家まであと一歩というところで視界がゆらめいて、あ これいかん熱中症、と焦って今更マスクを外した。休みの日の薬局。担当の薬剤師さんは私より若そうだ。お疲れ様です。こんな日は少し寂れたホテルにいたい。くすんだ色の冴えないカバーのかかっ…