自分で買ったものがいとおしい。
私は甘やかされてたから、大学生までずっとおこづかいをもらっていた。
服も身の回りのものも下着も全部買ってもらっていた。
何不自由ない。
一方で、完全に好みを発揮することは阻まれていた。
スポンサーである母の気に食わないものは手に入らなかった。
下着は色のはっきりした物はだめ。
ひらひらしたり飾りがつきすぎてもだめ
トーンの淡い何色とも言えぬもの。
そして母の好みの服を勧められる。
自分が認識しているよりも8倍ほど、母は私を女の子らしい子だとみなしている。
だから勧められる服はたいてい襟付きでヒラっとしてふんわりしてガーリーで、私は少なからず抵抗を覚える。
試着室で「これはだめだ」と迷いなくボツを出す。
普通に就職して働きだして、自分のお金が誕生した。
バイトと比べものにならないくらいきちんと毎月手元に入るお金。
毎月一つくらい大きな買い物をしている。
大きなというのは額の話ではない。
どれも一万円前後だ。
大きな買い物とは、
「常に身につけるもの」の買い物だ。
例えば腕時計、靴、財布。
毎日さわって目に入って生活を共にするものだ。
身の回りに少しずつ自分のお金で買ったものが増えていく。
もらったピンクの長財布はかわいかったけど、私らしさはついに見つけられなかった。
私は生まれてからずっと大切に育てられてきて、女の子らしいものをたくさんもらい続けてきた。ピンクもひらひらも仕立ての良いものも。
ここからはそれを少しずつ脱いで自分のキュートを作っていく。
誰の許可もとらずに好みにとことん向き合っていく。
軽やかで色鮮やかでポップで茶目っ気のあるものが好きだ。
視界に入る自分のうち自力の面積がもっと増えますように。
YUKIのアルバムを聴きながら、こうゆうのがほんと好きよねと浮足立って帰る。
己と向き合う旅はこれから長い。