マイ・ポリスマン
べサン・ロバーツ著 (二見書房)
「少年検閲官」「ねじの回転」に続き、夏休み三冊目。
表紙のマリウスを彷彿とさせる美青年に惹かれて。男二名の切ない恋愛に胸焦がすか〜と軽い気持ちで手に取った。
が、とても辛い話だった。
同性愛が犯罪とされたイギリスの1950年代。
ずっと憧れていた彼、トムからプロポーズされました。でも彼には同性の恋人パトリックがいた。
私はカモフラージュのための存在で愛されてなんかなかった、これまでずっと。
という筋。
わーん!
タイトルにもなっているマイ・ポリスメンとはトムのこと。この小説はマリオンとパトリックがそれぞれ綴った手記で構成されている。
一方、想われ人のトムの語りはなく、イマイチ彼の心境は見えにくい。時にわがままで一人だけ葛藤が少なく見えてしまうモテモテトム。読んでいて
「何だよ!この男のどこがそんなにいいんだよ!こんな若さとハンサムさとかわいげだけの男に身を滅ぼさないでよ…」とマリオンとパトリックの二人に言いたくなる。
まぁ私の必死の呼びかけもむなしく、二人はトムにメロメロである。いわく、
・いい感じにマッチョ
・特別目が大きいわけでもないのにハンサム
・天パ(ブロンドの巻き毛)
・警察官なのに芸術に興味があるなんてキュン
・毎日海に泳ぎに行くような頑固さと健康さ
・ちょっとわがままなところもいい
とのこと。
これらをすべて併せ持つトムからはただならぬエロさが漏れているらしく、二人ともそれぞれの手記で劣情を催しまくっている。したがってこの小説はエロい。ねっとりした視線でそれぞれがトムのエロさを執拗に描写している。ある意味トムのアイドルムービーのような読み方もできる。
お二方とも実に体の奥からトムにむずむずしてしまっているのだ。文だけで完璧に肉体的な感覚が再現されていて、それがこの小説の白眉でもある。パトリックとトムが初めて一線を超える夜のシーンは固唾を飲むスリルと興奮だ。
しかし、この小説はあくまでも厳しい。読み進めるうちに、これはマリオンの懺悔の独白であることがわかってくる。ロマンスを味わうように読んでいた心が、たちまち1950年代イギリスという背景にビンタされる。「禁断の」というワードはときめくための煽り文でも何でもなく、逮捕や裁判と言った現実を表しているのだ。知性ある人の徹底した自己開示は最大の贖罪になりうるのか。その重みには浮足立った気持ちも神妙に正座する。
時代に抑圧された悲劇の中に、文学なりの美を見出そうとする作品だった。