さすがにアヒージョ

最愛の人が何人もいるタイプ

ミンユンギと別れた記憶

大学で二つ学年が上のユンギ先輩は曲作りの卓越した才能でサークルの中でも一目置かれていた。ある日飲み会で酔った私はユンギ先輩に「なんであんたはそんな最高な曲ばかり作れるんだ、いい加減しろ、あんたみたいな天才がいるから私ら凡才はキツくてしかたない」と絡んでしまう。特に言い返すこともなく鼻で笑ったユンギ先輩は酒のお代わりを頼んでにやにや私を見つめているのだった。そこから先の記憶はない。


気づくと私は知らない部屋にいた。枕カバーもシーツもグレーだ。頭が真っ白になる。

「起きたか」机のラップトップに目を向けたままユンギ先輩が声をかけてきた。「昨日は随分ご機嫌だったな」「すいません、あの、これどうゆう…私全然記憶なくて」「コーヒー飲むか?」「いや、そんなことより…」吸いかけのタバコの火をねじるように消してキッチンに向かうユンギ先輩。Tシャツもグレーだ。「一つ言えるとしたらさ、」苦くて熱いコーヒーが頭にしびれる。「昨日のあんたはおもしろかったよ、いつもあぁゆう風にしてればいいんじゃないの?」「えっ私昨日の夜なんか言っちゃいました?先輩に失礼なこと…」「ほら、これ」押し付けられたイヤホンからは少し耳慣れたメロディーが流れた。これ、私が作りかけてた曲だ。「なんで先輩がこれを?」私が行き詰まってた曲が、スムーズに大きな虹のように広がって流れていく。「あんたさ、わんわん泣いてたよ。覚えてない?もう作れないって。」嘘だ嘘だそんなバカな、思い出せ、戻れ記憶、いやいっそ思い出したくない。「その割に曲はおとなしくてちょっと笑えたわ。これ。」『ここの展開が弱い』『壮大さをとるならこっち、ミニマムにまとめるなら以下フレーズ参考』渡された五線譜ルーズリーフには細々としたメモと私より明らかに弱い筆圧で描かれた音符が並んでいた。


それからもたまに先輩の家に行っては一緒に曲を作った。短期決戦、言い換えればすぐに集中力が切れてしまう私と違って、ユンギ先輩は一日中ラップトップの前にいた。先輩、ごはんできましたよ、と声をかけるとすぐに手元のタバコの火を揉み消す時だけが潔かった。


その後先輩とは別れた。というのかユンギ先輩が私のことを付き合ってたと思ってくれたかも今となっては心許ない。本当にありきたりでつまらない、呆気ない最後だった。正直、始まりのあの日よりよっぽど消したい記憶かもしれない。


先輩がベランダで電話しながら吹かしてる煙は夜に溶けて綺麗だった。「ねぇ先輩、」私の声に振り返ってすぐにタバコを揉み消す手つきが妙に脳裏にこびりついてる。

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